空の下

フリーランスの編集者/ライター、佐藤の日記です。主な仕事に『栗村修の気楽にはじめるスポーツバイクライフ』『栗村修のかなり本気のロードバイクトレーニング』(いずれも洋泉社)、雑誌『バイシクル21』連載「輪上生活」など。ほかにも雑誌、WEBへの執筆多数。sato.takashi0970あっとgmail.com

2010-01-01から1年間の記事一覧

五味川純平「虚構の大義」、「俘虜記」、「野火」、戦争

かなり前に一度読んでいるが、再読。 大岡作品、特に「野火」との共通点の多さに驚く。五味川によれば、この作品は「ドキュメント」らしいが、これは大陸における「野火」であると言ってよいと思う。 例えば、敵(この場合ソ連兵)は、具体的な存在としては…

大岡昇平「黒髪」

再読。学習研究社大岡昇平集。 最後、疎水に沿って歩く久子の背景(ゲームや漫画でいうところの純粋に視覚的なもの)が大岡らしく美しい。この本の最初の丸谷才一による解説に、大岡の水へのこだわりと、「オフィーリア」のイメージの指摘あり。

ヘミングウェイ「老人と海」

「普賢」に続き、ちょうど手元にあったこいつも四万字程度なので読む。十年程度前に読んだ記憶があるので、これも再読。 福田恒存の訳は読みやすく、あっという間に終わる。特に感動はなし。仕留めた後にサメとの第二の戦いが待っている娯楽的技術やマッチョ…

石川淳「普賢」再読

加藤周一は石川淳について「この作家の二極構造(またはdichotomy)は、一方に、「生活」、「地上」、「凡俗」、「生理」、「肉体」、「心理」をおき、他方に、「ことば」と「精神」を立てる」と書いている(「石川淳または言葉の力」)。これは石川の世界に…

大江健三郎「ピンチランナー調書」

序盤を除き、主人公「僕」が森・父のゴーストライターとなり、小説の大部分は森・父の一人称「おれ」で話が進む。この手の込んだ語りの仕方がどういう意味を持つのか僕にはわからなかったが、楽しめた。しかしやはり大江さんのこの文章はいただけないな。翻…

大江健三郎「個人的な体験」

障害を持った子を授かった直後の大江の作品。この作品に、彼の生涯の問題意識ははっきりと表れている。文章もあまり気にならず、楽しめた。 異常児を授かることすなわち「個人的な体験」と決して個人的ではない出来事すなわちフルシチョフの核実験との対比。…

加藤周一「日本文学史序説」第三章「「源氏物語」と「今昔物語」の時代」

加藤は、10〜12世紀のおよそ三百年を、第一の鎖国期とする。第二はむろん江戸時代である。こういう重要な視点をさらっと提示するのが加藤周一である。 摂関政治から院政に至るこの時代、この島国において起こったことは、第一に、一個の文化体系(平安文化、…

ゲーテ「若きウェルテルの悩み」

ブック・オフにて百円。 途中、ウェルテルがロッテのそばに帰ってきたあたりでずいぶん長い間ほったらかしにしていた。モーパッサン「女の一生」もそうだが、人間の本質的な問題に、つまらない技巧など無しに、ほぼ直球で切り込んでいるのが過去の傑作の特徴…

桑原武夫「文学入門」

岩波新書。五章に分かれている。 一章「なぜ文学は人生に必要か」。優れた文学はインタレスト(amusingではなく)を持つ。作者は、彼がインタレストを持った対象との間の主観-客観(特殊-普遍関係でもあろう。この点は、石川淳の「文学大概」における議論に…

大岡昇平「無罪」

大岡昇平による13の「裁判物語」(裏表紙より)。一日で読んだ。 「事件」もそうだったが、確かにこれは推理小説ではなく「裁判物語」と呼んだほうがよさそうである。想定された読者層のせいか、大岡的調査はそれほど徹底していない。彼の好きな、箴言的な…

石川淳「文章の内容と形式」

「文学大概」より。石川淳の、論理的、明晰な側面はあまり語られない。しかしこの散文は実に明晰である。1 書かれたことばのはたらき 書き言葉は、外的な諸条件の抵抗を受け、それによって鍛えられる。例えば、文章は普遍へと向かうものであるが、国語の特…

「モテキ」、「ティファニーで朝食を」、古谷実、または人と繋がること

「ティファニー…」の最後、ポールは「人のものになりあう事だけが幸福への道だ」と言い、ホリーはその言葉にめでたく説得されるが、「モテキ」の最後、夏樹の思想ないし無思想は全く逆だ。しかし終わり方としては「モテキ」のほうがいい。夏の校舎の寂寥感と…

小津「東京暮色」

これは小津の問題作だ。多分例外でもある。小津恐るべし。小津をよく見ていたらしい岡崎京子もこの作品を見たんだろうか。何となく、彼女の作品を思い出した。

大江健三郎「同時代ゲーム」と1980年の神話たち

二ヶ月ほど前、筒井康隆が朝日朝刊の連載で絶賛していたのを見て購入。ようやくこの、村=国家=小宇宙の大物語を読み終える……。 大江に関しては、朝日朝刊の連載と「ヒロシマ・ノート」だけを読んでいる。実に読みにくい文章を書く、という印象。今のところ、…

加藤周一「日本文学史序説」第二章

九世紀は、それまで移入された大陸文化の日本化の時期であり、日本文化の形を決定した時期である、と加藤はいう。 天台と真言の二つの宗派にみる「現世利益」追求の傾向即ち此岸志向。また両者は国家宗教としての側面も持つ。そのための妥協性。同時期の大陸…

大岡昇平「ザルツブルクの小枝」

一年以上にわたる旅の最中、中年大岡昇平はずいぶん疲れていたらしい。観察、分析はいまいち冴えない。しかし、対象への距離や批判精神、それらから来る健全なシニカルさはなんとか保たれている。 いい文章は、やはり帰国後、少し時間を置いてから書かれたも…

M.ロワン=ロビンソン「核の冬」

岩波新書。 いわゆる「核の冬」現象が意識されるようになったのは案外新しく、八十年代らしい。 核の冬現象は、チリよりも、火災の結果による側面が大きいらしい。すなわち、核弾頭の小威力化や減少が、ただちに核の冬減少の大幅な改善をもたらすとは限らな…

石川淳「白頭吟」

よくできた漫画のように一気に読めた。三人のヒロインと、酒とセックスと暴力と、そのあたりも相変わらず漫画のよう。 つまるところ石川の文学が漫画的なんだろう。こいつも、石川的美少女、登場人物が相互にどんどん関係するやたらと狭い世界(これも極めて…

中原中也

角川文庫、河上徹太郎の編んだほうを買った。大岡の方を買ったつもりがどうも間違えたらしい。しかし大岡の中也に関する文章はまた別に買うつもりなので、結果的に正解だったともいえる。 中原の詩。そこから受ける感じは、決して未知のものではない。この感…

加藤周一「日本文学史序説」第一章

一度図書館で読んだあと、上巻を購入し、しかししばらく放っておいた。加藤の死後、下巻も購入。彼の最大の仕事だろう。今、これを読む意味は大きい。 序章はとばすが、その冒頭で加藤が述べることだけは記したい。即ち「同時的構造を仮定することは、通時的…

エンゲルス「空想より科学へ」

五十円で買った書き込みだらけの、しかし前の持ち主氏は前半で飽きたらしく後半には書き込みはほとんどなかったのだが、汚い新書。しかしこれは面白い本である。社会主義の意味を、おぼろげにだが、感じた。 丸山真男は「日本の思想」の中で、かなりのページ…

「非実在青少年」メモ

今朝朝日に上記問題についての竹宮恵子とアグネス・チャンの対談あり。ネット上では相当に不毛な議論?が盛んなようで、しかもオタクはどうも反対しなければならないらしいくあまり近づきたくないが、重要な問題ではある。 反対派のよくいう、「メディアによ…

野間宏「真空地帯」

筑摩現代文学大系。かなり時間を書けたが読了。その理由はこの泥みたいな文体にある。 野間の文体が、当時、結構なインパクトを与えたことは耳にしたことがある。その文体は、人間を、外と、内の両面から描こうとする「総合小説」の手段であるらしい。それは…

石川淳「六道遊行」

ちょっと時間かかったが読了。 まず、思わぬ特典がついていたことを書かなければならない。AMAZONで購入した古本だが、なんと石川の訃報記事が貼られていた。相当熱心な読者のものだったとみえる。記事はおそらく、朝日、読売、毎日のもの。コボちゃんが脇に…

しかし それだけではない。加藤周一、幽霊と語る。

渋谷にて鑑賞。想像より遥かに良かった。これは加藤周一を離れても、死を前にしたいち老人を主人公とした、死についての映画として相当のものであると思う。老人の一生に同時期の日本の歴史が重なり、最後それらは未来に向かって放られる。そして低音には、…

日本のネット社会

ちょっと前の朝日新聞朝刊にウィキペディアに関しての興味深い記事あり。 海外と比べると、日本のウィキペディアは匿名の編集者が非常に多く、また内容もアニメ漫画など娯楽に関するものが占める比率が非常に多いという。紙面には具体的に、検索数の上位に来…

Global Communication「76:14」

なにやら難しそうな本の話にちょっとオタクネタ、そしてテクノの話題、とくるといかにもな自己愛満載の幼稚な衒学趣味ブログという感じがして嫌だが、実際そうなのでしょうがない。 朝日朝刊にて吉田秀和。ショパンについて。おそらく現役最高齢のDJである…

ナチュン完結

都留泰作「ナチュン」が昨日発売のアフタヌーンで完結した。 凄い漫画。黒い「穴」、すなわち人間の永遠の課題、ウィトゲンシュタインのいう「問題」、加藤周一の言葉を借りるなら「ギルガメシュの歩んだあの闇」にヒロインは消え、その感じ、喪失ないし死の…

アバター

朝日朝刊にて映画「アバター」について特集あり。 3Dは映画館の復権に繋がるとの指摘、興味深い。仮想現実を充実させることで、具体的な「場」の地位をひたすら下げる方向に進んできたように見える技術にもこういう使い方があるのか。そのほか、新しい入れ…

狭山事件

ちょっとした偶然から、この事件に関心を持った。不謹慎な姿勢だと我ながら思うが、これはミステリーである。 いくつか本を読んだが、野間や鎌田の本は部落差別への批判に重点が置かれており、事件全体の推理はその次にくる。 推理を目標としている本として…